「そして。申し訳ないが…。通常、持っていなければならないものを…。ちょっと、お借りして…。」
熊沢。
陽織、
「通常、持っていなければならないもの…。」
「スマホだよ。」
そこまで言って熊沢、
「…そんな訳で、つまりは、君の荷物を、申し訳ないけど…、家族に連絡手段として、拝見させて頂いた。…、そして、おばあちゃん。汀さんに辿り着けたと…。」
陽織、内容を飲み込めたようで、
「そぅだったんだ~~。…でも…、さっきも言ったけど…。私…。」
小刻みに顔を振り、
「全~~然、交通事故…???…全く記憶にない。」
「そぅか~~。交通事故、全く記憶にないかぁ~~。…そぅなると先生たちも、大ぃに困る。」
いきなり陽織、
「へっ…???…どうして…???…先生たちも困っちゃうの~~???」
熊沢、
「うん。だって。先生、さっきも言った通り、君が柚香さんじゃなくって、陽織さん。」
陽織、顔をコクリと…。
「その場合、先生たちが最初に救急車から運び込まれた人は、柚香さんだったからだよ。」
その声に陽織が今度は…、
「あっ。」
「そして、先生たちは、その、柚香さんの体の治療を施した。さっきも言った通りに、君の身分も確認しながら。ねっ。」
陽織、少しずつ顔を曇らせて、
「う…、うん。」
「検査をして、手術して…。そして、体のあちらこちらの状態を日々観察して、術後の経過を見る。…そして、その結果。…今、先生の目の前にいるのは陽織さんではなく、柚香さんとしよう。」
陽織、そんな医師を見て、口を尖らせながらも、
「う…、うん。」
「手術後、柚香さんは3日間、目を覚まさなかった。…覚醒…、出来なかったんだよ。…それがようやく目を覚まして、経過も順調。ようやく体も改善されてきて、車椅子にも乗って病室の外にも出られるようになった。」
陽織、何とか数時間前の事が納得できたような感じで、
「そ…、そぅか~~。…それで、ここに…。そして車椅子。」
「分かって…もらえたかな…???」
車椅子で陽織、
「…分かって…。分かってって…。」
そこまで言って陽織、今度は…。いきなり涙を浮かべて、
「じゃあ~~。私は一体…、何なの…???…私は陽織。柚香じゃない。今までの記憶がない。おとうさんもおかあさんも分からない。どうしてなの。私…、一体…。なんでこの体なの…???」
みるみるうちに涙が出て来る。そして体を縮こまらせる。車椅子の中で顔を下に。
そんな陽織を見て幸乃、今まで泣いていた顔を、今度は陽織を見て、
「……。」
美祢も熊沢を見て…、
「……。」
熊沢、優しく微笑んで陽織の左肩を。
「陽織さん。」
優しい声で。
「それを…、陽織さんとおばあちゃんと。そして…、私たち医師と看護師。みんなで考えて行こう。…そう言っているんですよ。」
車椅子の中で泣き崩れる陽織。周りには先ほどまでに数人いたのだが…。
既に、屋上には4人だけに…。
熊沢、陽織に腰を下ろして、陽織の頭に近づくように体を落として、肩を撫でながら、
「一緒に考えて行きましょう。それが私たちの仕事です。」
幸乃、
「陽織…。…おまえ…。陽織…なのかぃ???」
その声に陽織、車椅子の中から顔を後ろに…。そして上ずった声で、
「おばあちゃん…。…私…。」
幸乃、陽織に両手を差し出して、
「うん。うんうんうん。陽織かぃ。」
「おばあちゃん。」
熊沢、車椅子を幸乃の前に。幸乃、陽織の膝に手を…。
そして両手に手を…。そして二の腕から肩、顎、顔、そして陽織を抱き締めるように、
「陽織かぃ。陽織かぃ。」
もはや、陽織と認めるしかなかった。
「おばあちゃん…。」
そんなふたりを見ながら美祢、熊沢を見て、
「先生…。」
熊沢、
「う~~~ん。こういう事が…、目の前で…、現実に…。」
美祢、
「柚香さんの身体に…、ひおり…さん…。先生…、これって…???…もしかして…???」
熊沢、
「えぇ…。もしかして…。…けれども、それは、後で…、全員に…。」
「分かりました…。」
ゆっくりと4人は屋上から…。
そして、病室に…。
熊沢、幸乃に、
「…では、ここからは、おばあちゃんと陽織さんとの時間を…。お願いします。」
幸乃、
「先生…。」
熊沢、幸乃に、
「大丈夫です。もし、何かありましたら、遠慮なく、呼んでください。」
そしてニコリと…。
そして廊下に…。
美祢、
「大丈夫なんですか~~。ふたりだけにさせて~~。」
「大丈夫です。…むしろ、その方がいい。私たちには、踏み込めない部分もあるはずです。家族なんですから。…そして…。もし…、これから、何かがあったとしても…。これは、事実だと、認めざるを得ない。…悲しいですけど…。見守るしか出来ないんです。今の医学では…。」
美祢、
「先生…。」
廊下を歩きながら…。
そして熊沢、
「周知しましょう。」
「あ、はい。」
LIBRA~リブラ~ vol,011. 陽織、内容を飲み込めたようで…。
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庄司紗千 花笠音頭
※ご本人の承認の下、紹介させて戴いております。
Source: THMIS mama “お洒落の小部屋