私には、もう一つ悲しい茶話会の思いでがある。
それは茶話会から帰った夕方、母はお店のお客様が切れたのを見計らい台所でサンマを焼いていた。
父親はお店にいた。
うちは自営業を営んでいたから、一階がお店、一階の奥と2階が自宅であった。
サンマはやたらと煙を出し、台所の換気扇は裏の家の裏側に吐き出されるようになってあった。
母は「煙が何か強いわー」と言った。
私はテーブルで茶話会の残りを食べていた。

そうこうして、おびただしい数の消防車が来た。
父が「裏が火事や。逃げー!」と言った。
母は通帳や保険証を集めた。
私は飼っていた2匹の亀を当日来ていたツナギ服の両ポケットに突っ込み母と家の前に出た。
既に野次馬で溢れていた。
父は店の中から自宅に土足で入っていく消防隊員に紛れて火事場泥棒が入らないか見ていた。
私はその時、初めてバケツリレーを見た。

木造の手作りのようなボロ家に住む老人が、風呂を炊くのに火を起したのが出荷原因だったと聞いた。
あの時代に火を炊いて風呂を沸かすなど誰もいなかった。
結局、うちの家は大丈夫だったが、消防隊員が土足で入ったドロドロの床、水浸しの家が残った。
家の中の全てが焦げ臭く、父の友人らが水浸しになった店の片付けを手伝ってくれた。

自分の家の裏から火が見えた時、母は動揺していた。
母が私に「あんた、何持って逃げたん?」と聞き、私は両ポケットの亀を見せた。
母はそれで呆れた顔をした。

12歳の頃の記憶は未だハッキリしている。
これも茶話会で、あのまずい唐揚げが出たせいちゃうかと火事と唐揚げを因縁付けている私である。
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Source: イギリス毒舌日記