コロナにかかり、自宅謹慎がとけたものの、未だ何の味覚もしない日々を過ごす友人から電話があった。
「何の楽しみもないわ、ホンマに‥」と友人。
ホンマそうやろな‥と思う。
私にとって食することが唯一の日本を感じる瞬間なのに、それを取られたら‥しかも期限も分からず‥と考えると、絶対に感染したない‥是が非でも‥と思う。
まして年末、蕎麦やら握り寿司やら、可能な限りロンドンからかき集めた食材で正月を迎える私に味覚を取られたら、そらもう地獄のイギリス生活である。

友人は最初のロックダウンの際、友人の義母とモメにモメ、未だ解決していないで今に至る。
友人の両親は共に肺疾患があり、担当医からコロナにかかったら終わりやと思といて下さいと言われた為、未だ自宅隔離状態にある。
夏に一度庭で皆と集まって以来、友人と姉妹らが交代で買い物に行き、絶対に二人を外に出さない生活を続けて守ってきた。
それしか両親を守るすべが無い、それで駄目だったらコロナを恨むしかない、友人はそう言う。
だから私達夫婦が義母にやって来た事が友人には痛いほど分かったし、結果コロナで義母を亡くした私達夫婦の経験は、友人に恐怖を与えもしている。
あれだけ徹底してたのに‥
だから友人は未だ両親を厳しく守っている。

そんな中、友人の義母はコロナを都市伝説と信じている異論者でありながら、自身は3度ワクチン接種をしている。
マスク反対主義者で、注意されるまでマスクは基本どこへ行くにも着けない。
「コロナで亡くなった人なんかいない。あれは政府の嘘」本気でそう信じている一人である。
その為、ロックダウンで家族間の行き来をやめた際、「私は政府の方針には従わん」と言い、何度も孫に会いに来た。
友人の夫、つまり友人の義母の息子はタイプ1の糖尿であるから、まだワクチンが出来ていなかった当時はかなり気を付けねばならなかった。
なのに「アホやな、あんたら。そんな陰謀信じてんのか?」と家に来ていた。

そんな経緯から友人の夫は自分の母と絶交状態となり、友人も距離を開けてきたが、コロナそのものを信じていない義母からすれば、コロナで息子夫婦から縁切りなんて、ちゃんちゃらオカシい話で気にせずあいも変わらずやって来る。
クリスマスに友人は陽性だったから義母宅に行かなかった。
しかし義母は「コロナなんてものは存在せず、ただの風邪やから来い!私は気にせん!」と言った。
友人がどれほどコロナの辛さを伝えても、「あんたはたちの悪い流感にかかってるだけや。感染させるなんて事そのものが無いねん」と言い友人を招いたが、味覚を失っている友人にしてみれば、とにかく寝ても眠れず、ただただ倦怠感が辛く、起きたくない、それだけだった。

友人は義母に対して怒っている。
「アンタみたいなんがおるからイギリスの感染者が増えたままやねん。うちの親だってストレスは限界。コロナで親を亡くしたくない。ただただ無念な死だけは絶対に避けたい」義母にそう吐き捨てまた絶交してしもた‥と私に言った。

私は友人にいつも言う。
分かりあえない人との会話は時間の無駄。
ただ一つ言えるのは、コロナは間違いなく誰かの大切な人を奪うということ。
ただ、それは基礎疾患という不幸だわね、あの人は持病持ちだったから、遅かれ早かれ死んでたわよ‥と人から言われる状態にあったかも知れないけれど、死んで良かった人では間違いなくなかった人である。
私がいつもこれを言うと友人は泣く。

今回自分がかかってみて、友人はより怖くなったと言った。
自分の46歳という体力でもかなりキツイ。
これが80前の両親で肺に疾患があるならば‥と考えた時、この今を超えられるか‥と怖くなったと言った。

去年の31日、私の義母は陽性ながらも心臓の手術を終え家に戻ってきた。
その日は中華が食べたいと出前をうちに取り、家まで届けた。
一年前、私は義母がコロナ陽性でありながらも食欲もあり、まさか14日後に亡くなるなんて夢にも思っていなかった。
それがコロナである。
今年を振り返り、改めて忘れられない年になったと、そう思う。
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Source: イギリス毒舌日記