カーライルに来て二つ目の家に住んでいた時の事。
当時私は正社員で働いており、時間があれば歩いて仕事に行っていたが、ギリギリの時や悪天候の時は家の前のバス停からバスに乗って行くときがあった。

町に向かうバスの中で、途中で必ず乗ってくる女性がいた。
30代くらいのダウン症の女性である。
乗ってくるときは運転手さんに元気に挨拶し、マナーの悪いひとには注意する、とてもしっかりした人だった。
ある日のザザ降りの雨の日、びちゃびちゃに濡れたマルチーズを連れて乗ってきた女性が、優先座席に座り、自分の横の席にマルチーズも座らせた。
犬は水滴を払うために身震いし、向かいに座っていた老人が嫌な顔をした。

それを見たからか分からないが、例の女性がマルチーズの飼い主に「そこに濡れた犬を座らせたら、次の人が汚れた椅子に座らなアカンやんか!」と言った。
言われた飼い主は「人も犬も同じでしょ」と言った。
同じというのは権利の意味だろうか…と私は考えた。
それ以来、マルチーズの飼い主はバギーに犬を乗せて乗ってくるようになった。

その後、私は家を引っ越し出産した。
出産して二週間後、乳腺炎で手術となり、その後の検診などで何度も病院に行かねばならなかったが、傷口を開けたままで回復を待たねばならなかったので、子供を抱くのがかなりキツかった。
そのため、検診で長く待たされる時は義母に付いて行ってもらっていた。

ある日の検診でナースから「ごめんなさい、1時間くらい待ってもらう」と言われた。
行く場もなく、病院の地下にある食堂でランチをする事にした。
私は5分間隔の陣痛が3日続いて出産だったので、義母は途中この食堂で夕食や昼を買ったので食堂の存在を知っていた。

その食堂で会ったのが、何とあのバスの女性だった。
基本セルフサービスで、食べた皿は所定のカウンターに持って行かねばならない。また、座席間隔が狭いので、席を立つ際は椅子を必ずテーブル側に押し込んで去らねばならないと張り紙してあった。
しかし、明らかに病院関係者と分かる身分証明を首からかけた男性2人が席を立つ際、椅子を元に戻さなかった。
他のスタッフは注意出来ない様子なのを、あの女性がすかさず「椅子を元に戻すんですよ、決まりですよ!」と叫んだ。
言われた二人は皆から注目される。
これは恥ずかしい。
効果抜群であると思った。

あれから12年が経過した最近、私は友人で医師の友達とコーヒーを飲むため、友人の勤務先の病院のカフェで待ち合わせした。
友人とコーヒーを飲んでいたら、あの女性が通った。
私は思わず「あ、あの人まだここで働いてんの!」と言った。
友人は笑いながら「食堂やろ?あの人のおかげでマナーが守らろてるからな」と笑った。

嬉しかった。
まだ現役で、無くてはならない存在だと誰もが認めるパートさんであることが、私には嬉しかった。
言葉を買わしたことはないけれど、また食堂に行きたいなと思った。
人気ブログランキングへ
Source: イギリス毒舌日記