夫の職場の人がお茶しに我が家に来た。
先日、実母を亡くされたばかりである。

お母様が亡くなる2週間前、仕事の帰りに毎日母を見舞い、世話をし、買い出しから洗濯、食事、そしてお母様の話し相手にと、休みも全てお母様に費やす日が続いた。
亡くなるなんて思ってもいなかったから、相変わらず近所に住む兄弟姉妹は手伝ってはくれず、とにかく仕事と自分の家庭の事、子供の事、そして母の事に息がつまり、ラクになりたい、自分ばかり何故しなければいけないのか、こんな生活がいつまで続くのか‥母には長く生きられたら困るな‥などと思った矢先、お母様が亡くなった。
自分がそんな酷いことを考えたから、お母様の亡き後、写真を直視する事も出来ないと酷く自分を攻めている毎日であるという。

それを本人から聞いた夫が、自分も全く同じ後悔で苦しみ、妻も苦しんだ、そして今なおそれは消えず、もっと頑張れたはず、もっと出来たはず、面倒がった自分は最低だと苦い気持ちになる事がある事を話した。
亡きお母様が未使用のまま置いていったチューリップの球根が一杯あるからと、わざわざ持ってきてくれたのである。

私は夫の同僚にお茶を出しながら言った。
「やりきった人は、あれをやりきったとは思えない。親の事を気にかけながら、生活の時間内に世話が入れば尚更、毎日の任務が苦痛になってくる。けどそれを苦痛だと言うとバチが当たるかのように決して口にしてはいけない事だと皆思っている。兄弟からは感謝も労いの言葉もなく、だからこそ何もしなかった兄弟達は後悔さえない。もっと出来た、もっとこうしてやれたはずとやった人間は自分を責めるけど、あの日あの時は精一杯やった。側で見送った人は、きっと全員がまだ自分を責める経験があるはず。私も今なお、あの時の私は心が狭くギスギスしていたと、義母の仏壇の花の水を替え、毎朝新しい水をお供えするときにそう思う」と話した。

今は感謝でしかない義母に対し、笑顔が出せない自分がいたのは紛れもない事実である。
責めても遅いが、夫から「毎日の世話が何年も続く。行きたくない、今日はもうエエやろ、と思う日があって当然。やったからこその嘘偽り無い普通の感情やと思う」と言われて、夫も同じ気持ちでやっていたのだと知る。

夫の真ん中の兄が年末、一人でオーストラリアからイギリスに来る。
「俺は距離があったから何もしてやれなかった」と言ったが、義母に孫をスカイプで見せたのは亡くなる3年前に一度。
写真さえ一枚たりとも送ってこなかったし、手紙も書かせなかった。
嫁など二度の豊胸手術に忙しく、義母など忘れていただろう。
距離と言えば自分の慰みになるのだろう。
墓参りに来ると言う。

今日義父母の仏壇(私流の仏壇)に赤い薔薇を買って飾った。
ある方の60歳の誕生日パーティーに義父母と一緒に行った歳、義母が白いパンツスーツに真っ赤な口紅、真っ赤なカバンを持ちながら、パーティー会場のホテルの入口で煙草をふかす姿はまるでジュリー(沢田研二)やなと思ったのは16年前の事。
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Source: イギリス毒舌日記