早いもので、金曜日は義母の命日である。
亡くなってすぐの頃は、葛藤に苦しんだ。
決して良い嫁ではなかった事、もっと優しく接するべきだった事、子育ての一番の理解者であった義母にもっとできた事があったはず‥悔やんで仕方ない事を悔やみながら、時に私はベストを尽くしたやんか‥と慰めてみたりする。

義父を亡くした時、私は身近に人の死がある時、それは試練や宿題を残して人は逝くのだと夫と兄弟、残された義母を見ていてそう思った。
長男に与えられた試練、それは自立そのものだったし、次男には覚悟を問われたと私は考えている。3男の夫には義母を看るという試練、そこで生まれる葛藤と苦悩だったと思う。

義母が亡くなり、長男にはいよいよ本当の自立が試され始め、次男には本当の意味での覚悟、夫には自由な時間と犬の世話が与えられた。
勿論、悲しみを含んだ時間であるが、義母が亡くなってすぐ夫は私にこう言った。
「もうヘトヘトやった。体力的にも精神的にも母親を支える自分がぐらつく時があり、自分というものを見失いそうになる事が8年続いた。皮肉にも母親を亡くし、今やっと自分の事が出来る時間ができた」と。
やりきった人なら言って良い言葉だと思う。

私が義母を亡くした事で教わった事、それは別れは突然にやって来る、だからその日その日をきちんとする事、明日は無いかも知れないという事、今日の当たり前に感謝する事である。
そして義両親にとって大切な宝物である孫をちゃんと育てる事が私の任務である。

どうしても苛立って子供を怒ってしまう事がある。
そんな時、私は家の中で義母に見られている気配が必ずする。
しまった‥機嫌で怒ってしまった‥当たってしまった‥叱るんじゃなく当たってしまった‥
今までそんな事は無かったが、私はすぐに子供に謝るようになった。
感情のコントロール、これが私に与えられた試練だと思う。
40代後半でまだ感情のコントロールが出来ないなんて恥ずかしい話であるが…
未熟な自分が我慢強く生きれるか、これが試されている気がする。

今日は黄色の花を飾った。
好きだったアップルパイも作りお供えした。
仏壇なんて勿論ないが、写真の前に花と好きだった食べ物を置けば立派な仏壇である。
と書きながら、今日も我が子の反抗にブチ切れる未熟者である。
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Source: イギリス毒舌日記