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生きてきて、今が一番幸せです。
来年定年
その後は嘱託社員として再雇用してもらえるとして少なくとも後数年は雇ってもらえそうだ。
その後人世の終着まで20年ほどかっ・・・
人生の幕を閉じるまで、
このまま
幸せな人生を送れるといいなぁ・・・
最後に、妻と子供に
「ありがとう」って言って人生を終えたい。

昔は辛かった
小さいボロ家に
祖母・両親・兄弟7人で住んでいた。
祖母と母は、仲が悪く
毎日のように喧嘩
父は、働くのが嫌いなパチンコ狂い
もらった有給はその月に全て使い切るような父
だから、職は転々と
母は、毎日「金が無い、金が無い、親父の稼ぎがわるいからだ!」
毎日のように愚痴った
私達兄弟は6畳ほどの部屋に3人、4人と押し込められて生活していた。
毎日のように「金が無い、金が無い」と言われるものですから
その当時、少しでも責任感があったのでしょうか
自分が働いて少しでも生活を楽にしてあげないと・・でも思っていたんだと思います。
中学になった春、近くの新聞店にバイトをお願いし
新聞配達を始めました。
朝誰もいない真っ暗な町
寒かった。

朝5時頃から新聞配達
雨でも雪でも、新聞が届く限り配達をした。
そんな姿を見ても両親は全く声をかけてくれなかった・・
「ありがとう」「助かるよ」っとでも言ってくれたら
救われたのに・・・
まったく何も・・・
帰った来たら未だ、両親は寝ている
辛かった

寒い冬
新聞店の店長が「これを着ていきなさい」と言ってジャンバーをくれた。
余程寒そうにみえたのでしょうか?
すっごっく、嬉しかった

目頭が熱くなってきて
恥ずかしくって
すぐに
店を飛び出して配達にでた

寒いはずなのに暑かった

辛抱していたはずなのに、涙が止まらなかった

嬉しくって

辛くって

恥ずかしくって

辛抱しながら配達をしていた。

そんな時、配達先のおばさんから
「ありがとう」
「がんばってるねっ」
両親からかけてほしかった言葉
余計に暑い
涙が止まらなかった

辛かったあの時

人生後半

今が一番幸せです。

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Source: 貧乏暇なし金もなし