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少し前のニュースになりますが、内閣府に深刻化する孤独・孤立問題の対策室を設置したとのこと。

孤独・孤立問題で内閣府に対策室、支援本格化へ 官民ネットワーク求める声相次ぐ

僕も過去に「孤独完全形態に達したので、今後もこじらせ続けるしかない」とか書いちゃってるぐらいなので、他人事ではありません。
孤独・孤立問題について考えてみたいと思います。

記事中でも指摘されていますが、まず孤独・孤立とはそれぞれどういう状態なのか?
以下の通り定義してみました。

孤独:多少なりとも自分の意思でぼっちな状態
孤立:有無を言わさずぼっちな状態

その上で、孤独はOKで、孤立はNGと考えています。

コミュ障というのもありますが、基本何でも1人でやりたいタイプ。
移住生活なので、人間関係も半強制的にリセットされます。
もしかしたら寂しくなってしまうかもしれませんが、理想の生活のために孤独は負わないといけないリスクだと思っています。

ほぼほぼ1人で過ごしていても、交流してくれる人はいる。
ブログやTwitterでかまってもらえるし、彼女や僅かばかりの知人と連絡を取ることもできます。
利害関係一切なしの家族もいます。

しかし、孤立は避けたい。

孤独でも心地よくいられるのは、多少なりとも自分で選択している認識の後ろ盾があるから。

日常生活は変わらなくても、マジで誰からも相手にされない孤立にまで至ると、違った感情になってきそうです。
呑気に孤独をやっていられなくなるかもしれません。

思い返せば、高2以降は単独行動することが増えました。
で同じ単独行動でも、マジで1人の時と、話そうと思えば多少話せる人がいるのでは気持ちが違います。
もちろん後者がよくて、前者はなかなか慣れなかったですね。

孤独を満喫するためにも、孤立してはいけない。

1人孤独・孤立対策フォーラムでは、以上の結論に至りました。
Source: Time is money  キムのお金日記