メーガン妃のニュースが話題となっている。
全く興味はないが、運転中のニュースでそればかりが話題に上がり、嫌でも耳に入る。
その人のバックグランドや国籍、肌の色、価値観、今暮らしている環境、経験・・人の数だけこのニュースは受け取り方がぞれぞれであるだろうなと感じる。
公人だけにプライバシーが全て公に出てしまうから、耐えられなかった部分は想像以上であったと思う。

違う国において、明らかにその国の人ではない顔つきや肌の色である自分が暮らす事、それは時に辛いとも取れる言葉や視線を投げられる事もある。
それが私の外国暮らし経験である。
今の私の親友が、まだ私と出会って間もない頃に「日本人と韓国人と中国人の区別はこうでしょ?」と言い、カフェの席で私に向かい両手をこめかみの横に置き、「目を吊り上げたら韓国人、横に伸ばせば中国人、下に吊り下げれば日本人と小学校で先生に習ったわ。合ってる?」と私に言った。

その時の私としては嫌な気持ちは1%あったかもしれないが、それを小学校の先生が教えたのだという事に驚いた。
間違いなく、そこに差別があったか無かったかなど言いきれない。
その区別の仕方を「差別」と取るか否か、私は念のため親友に「私に対しては良いけど、それはアジア人にとって嫌だと思う人もいるかも知れないから、今後は本人の前でしない方が良い」と伝えておいた。

20年前に豪州の小学校で働いていた時、児童からも同じ事を見せられた。
「こうやって区別するんだよね?」と屈託のない笑顔で聞かれた時、私はどう答えて良いか分からず、日本語クラスの担任で、自身は父親の仕事の関係で2歳から香港で高校まで暮らし、その後日本の大学を出てアデレードに戻って教員をしていた先生に相談した。
先生は「それはアカンと教えた方が良い」とし、翌週の日本語クラスの際に「人種差別と取られる可能性があるから、今後はやってはいけない。また周囲でやっている人がいたら駄目だと教えなさい。仮にその方法で区別したとしても、それをわざわざ見せるべきではない」と児童に説明された。
その経験もあり、親友には正直に伝えておくべきと思った。
悪意を持って言われているか否か、そこで傷付くか流せるかの差が大きく開く。

イギリスに嫁に来て最初の1年、私は義父母と同居させてもらっていた。
酷いホームシックで私が気持ちを落ち着かせる事が出来たのは、日本から持って来たほうじ茶と知覧茶であった。
その茶を飲むたび、義母から「オシッコみたいな色ね」と言われた。
初めて言われた時、私は心臓がエグられるような気持ちになった。
しかし義母が亡くなるまで、私は義母にその言葉で嫌な気持ちになったと言った事は無い。
義母の性格が、絶対に謝らない人であると知っていたからである。
言えば一生義母は根に持ったであろうし、日本人の私が不快感を持つ意味もきっと理解しなかったと思う。
私が14年前に親友に言えたのは、この人なら人の不快感を理解するだろうと思ったのだろう。

私が18歳の時から遊び友達だった友人は、パキスタン人男性と結婚し日本に暮らしていた。
子供が生まれ、日本の小学校に通っていた際、同級生から「カレー」と呼ばれ、随分と傷ついた過去がある。
その友人から「イギリスで暮らしても外国人、日本に戻って暮らしても外国人と見られるのは避けられへん。それを踏まえて何処の国に暮らしても自分がどう自信をもって生きるべきかを子供達に教えながら子育てしていかなアカンで」と教えられた事がある。

以来、何かそういう機会があるごとに私は子供達に辛い言葉を投げられた経験や、また嬉しかった経験を含めて話すようにしている。
そうした中で負けない気持ちと自分であるという強さを考えるキッカケになってくれればと思う。

無知である故に言ってしまった言葉と、意味を含んで言った言葉はまるで違うが、その言葉を受ける側の捉え方は過去や経験、価値観からもまた個個に違ってくる。
私が未だに感謝しているのは、朝1人でスイミングに行った際、水着のままシャワーを浴びていたら、全裸の3人のおばあちゃんが全身泡だらけのまま私の腕をわざわざ触りに来て「あら~!!何て綺麗なオリーブ色の肌なの!!」と言ってくれた事である。
「この色がコンプレックスなんです」と言った私に、「何を言うの!お金を出してもこの色は手に入れられないのよ。あなたの肌の色は本当に美しい。あなたにしかない色よ」と言ってくれ、それまで色黒の私は日本において色が黒い事で褒められた事は一度も無かったのに、こんなところでまさかの全裸のおばあちゃんに褒められ自信をつけるという出来事が起こった。
決して嫌味ではなく、本当に褒めてくれたあの時のおばあちゃん3人に、今も感謝しているイギリス暮らしである。
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Source: イギリス毒舌日記