無事に義母が土の中に眠った。
義父が土葬だったので、義母も同様の土葬であった。
7年ぶりに義父が眠る土の中が掘られてあり、思わず覗きこんで「久しぶりです。娘はあの時2歳半、こんなに大きくなりました。あなたの死後3週間後に生まれた息子もこんなに大きくなっています」と報告しながらも、こんなに懐かしい気持ちになるのかと思った。

義父の棺の上に義母の棺が重ねられる。
もう既に夫と一緒にいると思うが、亡骸もやっと一緒に重なり合ったんだなあとしみじみ考える。

義母が7年前、義父の墓に植えた水仙の花の球根が完全に掘り起こされてしまっていた為、私は義母の棺が中にゆっくりと沈んで行く様を見ながらも、来月あたりにまた来て球根植えなあかんと思うのであった。
本来ならもう芽を出し始めており、まだ寒い初春に先始めるのであるが、こんなに掘り起こされたなら、もう花も咲かないであろう。
何故そんな時にそんな事を思うのだろうかと、自分でも笑ってしまうが、義母はこの球根をとても丁寧に植えていたので、自然とそれを引き継いでいる私は完全に墓守やないかーい!!と気付いてしまうのである。

赤と白のバラの花を1本づつ土の奥深くに沈められた棺の上から放り投げる。
7年前の義父の葬儀と時もそうだったように。
娘は唇をかみしめ放り投げ、息子は「バーイ、ナナ(祖母への呼び名)」と言った。
私は「ありがとう」と言い、バラを投げた。

私は葬儀の日、もっと泣くかと思いメイクをせずに行った。
しかし棺を見た時に「ああ、やっと冷蔵庫から出してもらい、フカフカな絹の布団に包まれた棺の中に入れて良かった」という涙だけ流れた。
棺を撫で、「良かったね、義母さん」と行った時には涙は乾いていた。
電子音だけが流れる病室で、変異型コロナに感染して呼吸障害を発症し、自分は絶対に生きて戻れないという恐怖と戦いながらこの世を去った義母が、今はそれから解放されている。
それが何より良かったと思えた。

教会で一番肩を震わせ泣いていたのは長男の嫁であった。
私が嫁に来た頃、嫁が義母に悪態をついて義母を怒らせるという場面を度々見た。
私がイギリスに来て初めてのクリスマスの翌日、朝の4時まで義父母とうちの夫が、この長男夫婦の夫婦喧嘩の仲裁に付き合わされるという迷惑事件もあった。
義母は本当にこの嫁を根っこから嫌っていたが、それでも義母の義務はきっちり果たしていたし、第一、嫁は義母が自分の事を嫌っているなど微塵も感じた事がない。
それほど義母は嫁に対して最低限の礼儀は尽くしていたのである。

その嫁が嗚咽するほど泣いていた。
私はその後ろの席から嫁を見ながらも、義母に肘でつつかれ「見てみ、あれ・・あない泣くかね?しかし・・」と言われているような感触があった。
誕生日、母の日、クリスマスに何1つ義母に買わなかった嫁が嗚咽している・・
何の嗚咽なのだろうかと考えたが、私に分かるはずもない。

コロナで高熱と酷い下痢がありながらも、あれほど家の中を完璧に掃除して病院に運ばれた義母の家を、20年間一度も風呂トイレ掃除をした事が無い長男夫婦に使われる義母の今の気持ちは、さぞかし嫌であろうと思うと、あの嗚咽号泣が忘れられない。

義母の妹が夫に「もうこれから好きなとこ行きなさいね、姉を考慮して暮らさなくて良い。本当に有難う。私は7年前から姉を引き取って暮らそうと提案してきたけど、姉がそれを拒否し続けてきた。三男夫婦は私が必要なんだと言うのが理由で、私がそれを否定し、姉こそ三男夫婦の重荷になっていると言うと激怒していた。それでも時々は弱音を吐き、自分が三男夫婦の行く手を阻んでいる事は分っているとも言っていたし、自分の存在が夫婦仲を裂いているのではないかと言っていた。本人もあれで申し訳ないと思ってたのよ、許してあげて」と葬儀の前に言った。

全部終わった。
後は思い出と遺品整理、家の売却まで突っ走るのみ。
と言うわけで、今日は飲むどー!!!
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Source: イギリス毒舌日記