義母が亡くなったその日の朝から、これまで見続けてきたコロナ関連を含む朝のBBCニュースを見なくなった。
それまで、いかに死者の数字が上がろうとも、結局あくまで数字であり他人事だったからだと思う。

今朝ユーチューブで娘の地理についてを調べようとTVを付けると、これが出て来た。
冒頭、コロナで亡くなった方の遺体が保管される場面が出て、思わず食い入るように立ち止まり見てしまった。
義母も未だこの方々と同じ場所にいるのだと思うと、亡くなった義母よりも、この作業を繰り返し行わねばならない医療従事者は限界を超えているのだと、画像を通して理解しようとする自分がいる。

自分を含みイギリスに住んでいる人は、もうこの映像が日常的過ぎて無の気持ちにも近い感覚で見ているかもしれない。
関わって初めて痛みが伴う、少なくとも私はそうである。

1日の死者が遂に1600人を超えたとニュースでやっている。
ロックダウンに入って3週間以上が経過しようとしているが、ロックダウン以上に何が出来るというのだろうかと考える。
異様な緊張状態にある病院内に入った者だけが、その危機感を実感し、それ以外の人間は実は連日のニュースを見ても他人事であり、しかしそれを傷みを伴って理解するというのは体験していない限り本当の理解というのは難しいと思う。

義母が亡くなる前日の夕方、担当医から夫に「最後のお別れに来られますか?」という電話が入った。
その際、夫は「兄も同行できますか?」と聞いた。
医師は「この方の実子なら何人でも良いですよ」と答えて下さった。

夫はすぐにカーライルから車で1時間離れた場所に住んでいる兄に連絡。
しかし兄は「俺は行きたくない。理由は2つ、機械を付けられた母親が最後の残像になるのが嫌な事と、そんなリスクのある場所に行きたくない」という理由だった。

考え方はそれぞれである。
葬儀は月末に決まった。
早く冷たい死体安置所から出してやりたいと思っていたから良かった。

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Source: イギリス毒舌日記