義母が亡くなる前の日の夕方、「もう今日明日中だと思います」という電話をかけて来て下さったのは医師だった。
「生きる見込みは多分、ほぼ無いけれども、僕としては白血球の異常な数がこれを促進しているのであれば、今から輸血を始めて望みをかけようと思います」と言った。

しかしながら、結局その日に輸血が必要な人は2日待ちであった事と、生きる望みが確実な患者に血液を回そうという判断となり、義母は輸血を受けなかった。
それでも最後まで可能性を探ってくれた医師には心から感謝しかなく、亡くなった後に電話をくれた看護師から「輸血を受けさせてあげられませんでした」と謝罪があった。

夫は「生きる望みが確実な患者さんが優先されるべきは当然で、結局は8時間後に亡くなりましたから、仮に輸血を4時間かけて受けたとしても、それは無駄になっていたのは確実でした。その気持ちだけでも有難いです」と答えた。

義母が亡くなるまで、私自身も医療崩壊と現場のひっ迫、医療スタッフの叫びをニュースで何度も何度も見て来たはずなのに、その悲惨さと悲痛さを実感して来なかった薄情な人間だと思う。
家族がお世話になり、初めてそれが実感として湧いたのは恥ずかしいが事実である。

多くのコメントにも書いて下さっていたが、これが今のイギリスの医療現場の状況であるという事が伝わればと思う。
去年の3月、まさかこんな事が起こり続けるとは思わなかったし、義母を亡くすまで日々の死者数が1000人を超え続け、それに恐怖は抱いても、本当にそんなに亡くなっている人がいるのだろうかと実感がわかないまま来た。
義母が亡くなった翌日もまた、新たに1280人が亡くなっている。

どなたかが書かれていたように、自分が感染しない事で医療現場に負担をかけない。
これしか無いと本当にそう思う。
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Source: イギリス毒舌日記