14日の朝、義母が亡くなったと病院から連絡があった。
13日の夜遅くに医師から連絡があり、もう覚悟の時が来ましたと告げられた。
「今日明日中に逝くと思いますので、意識がまだあるうちに最後のお別れを言いに来ても良いですよ」と言われ、夫が会いに行った。

看護師に教えてもらった通りに防護服を身に着け、最も深刻な患者が並ぶ棟へと案内された。
看護師から「納得行くまで何時間でもいてくれて構いませんからね」と言われたそう。
義母は意識もハッキリしており、45分間の中の談笑では笑う場面も何度かあったと言う。
義母から「もう帰りなさいね」と言われた夫はその場を去った。
とても今日明日中に逝くような様子ではなかったと夫は言うが、もう何度も何度もコロナ患者を看取って来たスタッフから「数時間後だと思います」と断言され、本当にその通りだった。

亡くなったと連絡をくれた看取って下さった看護師さんから「お母さんは最後に食べたお嫁さんのローストハムが最後の食事で良かった」と笑って言っておられましたと告げられた。
心臓の手術をして家に戻った大晦日の日、義母は食欲もあり中華を食べたいと行った。
翌日はクリスマスに一緒に食べるはずだった3キロのハムを私が焼き、義母宅へと夫が持って行った。

その翌日から酷い下痢が始まった。
医師によると、この酷い下痢症状は変異型の特徴であると聞かされた。
2日間の酷い下痢の後、呼吸困難を訴え救急搬送、それから病院で食べたのはトースト半分程度だったという。
この頃はまだ話す事も出来ており、担当看護師に「私はもう家に戻る事は無いと思う。でもこの世の最後で食べたご飯は娘が作ってくれたローストハムで良かった。その味が最後なら、何の心残りも無く逝ける」と談笑したという。

夫が会いに行った時、点滴でモルヒネと安定剤も投与されており、義母に「痛みや苦しみはあるか?」と聞いた時、義母は「何もない」と答えた。
看護師から「今からは、安らかに逝けるように努めています」と説明があった。
夫はその場にいながら、医療スタッフ達が全力でかつ、患者にもそれを見守る家族にも寄り添ってくれている事が本当に嬉しかったと語った。
朝8時、義母は安らかに逝ったそうである。

7年前に夫を亡くして以来、悲しさと寂しさ、孤独、そして白血病から来る体の痛みと足の腫れに苦しんできた。
秋から体内の血液を入れ替える輸血と、飲めば吐き気とめまいと頭痛がするほどに強い痛み止めを飲まねば椅子に座る事も苦痛になっていた義母にとって、これからも生き続ける事は相当に苦しかったし、それを毎日聞く事もキツかったと夫は話してくれた。
「もう痛みからも解放され、夜に襲って来る孤独と寂しさと悲しみからも解放されて安らぎを手に入れたのなら、今ここで例えコロナが原因で逝ったとしても、お母さんにとっては良かったのだと思う」と、全てをやりきった夫は言った。

たった15年弱の義母と娘の関係だったけれど、私の初出産を股のど真ん中で見守った義母との関係は、これからも私の中に残り続けて行く事だと思う。
いつか私が人生を終えた時は、多分義母があの世で待っていて「ちょっとカフェまで乗せて行って。美容液が切れたんやけど・・」と再び言って来るのではないかと思う。
その日まで、私は義母の大事な大事な息子と孫達を命をかけて守るのみ。

義母は夫に「犬残してしまうけどゴメン」と言ったという。
義母の飼い犬はうちが引き取るしかしょうがない事になった。
犬の臭いが苦手な私に義母が預けた最後の仕事が犬の世話である。
やってくれたな義母さん・・犬残しやがって・・
最後まで世話のかかる人だったから、義母の悪口さえ笑える今の私は幸せである。
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Source: イギリス毒舌日記