義母が入院した。
心筋梗塞である。
私が嫁に来てから2度目の心筋梗塞であるが、義母は生まれつき心臓に穴が開いており、過去何度か大きな手術も受けて来た。

昨日の夜、いつものように夫が義母の犬の散歩を終え、義母が希望する場所の掃除を終えて帰宅したのは夜の9時半ごろだっただろうか・・
5分ほどして「戻って来て」という電話が入り、夫が再び出て行った。

義母の家に入ると義母は「胸が苦しい」と言ったまま、何故だか豪州に暮らす息子と電話を繋いでいた。
うちの夫が「救急車呼んだんか!」と聞くと「病院には絶対行きたくない」と言い、救急車を呼んでいなかった。
何故に違う国の息子にも胸の苦しさを訴える為の国際電話をかけたのかは謎。
夫はすぐに救急車を呼んだ。

救急車が到着、コロナ検査を受けながらキッチンで処置が始まった。
何と義母は高熱があった。
義母は自分に高熱がある事を朝から知っていたらしいが、高熱だと息子に言うとコロナ検査を受けさせられ、万が一にもコロナと判定されて病院にでも入れられたら、二度と生きて帰れないと信じており、黙っていたと言う。

義母は救急車に乗るのを嫌がり、かなりモメた。
夫は義母の同居人ではないので同行できず、救急車には義母1人が乗って行かねばならないが、これを義母が拒否。
病院で孤独死するぐらいなら、ここで看取られて死にたいと乗るのを拒否したが、何とか説得して乗せた。
その後、義母の飼っている犬にエサを与え、ケージに入れて夫は午前2時半ごろに自宅に戻って来た。

個室に入れられた義母から電話の嵐で夫は一睡もできず、結局仕事を休む事になった。
翌朝から検査を受け、軽い心筋梗塞だった事が判明。
また白血病を持つ義母の白血球の状態が良くないとの事で輸血を必要とし、翌日も入院となったが、義母は「帰りたい」の連呼。
電話が鳴りやまない。

私は義母の生き様を見させてもらっている。
歳を取り、孤独で不安になった時に自分がどうあるべきか、私の今後の教科書になるであろう。
私の母が脳梗塞になった時、弱気な言葉1つ吐かなかった。
私がイギリスから駆けつけるなど夢にも思っていなかった母が私の顔を見た時、「ごめん・・来てくれたん?心配かけたやろ・・ごめんね、ありがとう・・旦那さんにも子供達に悪い事したね」と夫と孫を気付かった。
母の表情がこれほど恐怖に怯えた事は過去になく、よほど怖かったのだろう、よほど不安なのだろうと悟った。
しかしながら、「ここから出せ」などと毎夜毎夜電話して来る事もなく、努めて明るくしていた母。
私も努めて明るくした。
そんな母を置いてイギリスに戻らねばならなかった日、私は時分の決断に初めて迷いを持った。
飛行機が地上から離れたと同時に流れ出る涙ほど重いものはなかった。

義母の入院用のパジャマや下着を用意しながら、私はこの人ほど恵まれた人はいないと考えながらも、この人ほど感謝というものを知らない人もいないと考えた。
しかしながら、そんな義母にも義母の犬にも寂しくないようにと一生懸命頑張る夫のような優しい息子を育てたのも義母である。
きっと一生懸命に子育てをしたお母さんなのだと私は信じている。
夫の他の兄弟は遺産相続にしか興味がないが、私が自分の母に長生きして欲しいと願うように、夫だって自分の母に長く生きて欲しいと願っている。
それは誰しも同じである中で、この人を義母に持った意味が、私の今後の課題なのではないかと最近思う。

入院用セットと一緒に差し入れも良いか?とナースに確認したら「個室やから良いよ。好きなモノ持って来てあげて」と言って下さったので、昨日作ったカップケーキを1つ入れておいた。

食べないなら食べないで良い。
私が自分の母へする事をするだけの事。
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Source: イギリス毒舌日記