先日、息子のクラスの担任から保護者宛て送信メールが届き、「無事に学力判定テストも済みました。皆よく頑張りました」とあった。
今更ながら、年末にそういうのがあったのだと思い出す。
9月から新学期で、この12月末の時点で算数と英語の理解度を知るテストであるが、この結果はあくまで担任が知る事が目的である為、何点だったとか何処が間違えたというのは生徒や保護者が知る事がない。
私はそこが日本と違うなと感じるところである。

先日どなたかもコメントに書いて下さっていたのであるが、イギリスの学校において、この学年はこの時期までにここまで出来なければいけないという絶対的な水準に乗っ取って授業が行われるわけでは無く、あくまでここまで出来るのが理想ではあるも、そこは個人個人の理解能力によるという児童寄り添い型であるため、例えば今回の学力テストであっても、3年生だから3年生のテストとは限らない。
テストでどこを間違えたかというのが問題ではないため、生徒は全問正解だったのかどこを間違えたのか知らないまま終わる。
私が子供の頃はテストで間違えると、何故間違えたのか、次から同じ間違いをしないようどうすべきかを先生から何度も復習させられたが、そこが無いので生徒は復習の使用がないし、どこが自分で間違えたのか把握できない。

5年生の娘のクラスでも今回数人の生徒が3年生のテスト用紙でテストを受けた。
担任の先生は「5年生だから5年生の算数を理解しておかなければいけないという事じゃないからね。恥ずかしいとか、皆と違うなんて思う必要なんてない。皆違うんだから」と言ったと娘から聞いた。
娘は「私はね、だから今の担任が好きやねん。決して生徒に恥をかかせず、プレッシャーを与えたりしない」と言った。
5年やのに大人やなと思う45歳の母・・

私は息子に「算数のテストあったんやろ?どうやった?」と聞いたが「全部答えは書いたけど合うてるかどうかは知らん」と言った。
娘も同様の答えであった。
間違えたかもしれない問題を知る事が重要ではないという・・日本で教育を受けた私には衝撃なのである。
そういうモンなのだから、それで~良いのだ~♬

我が子を小学校に入れてからイギリスの小学校の良い部分というのを知る事も多々ある。
その1つが児童心理学専門家の存在である。
担任が受けもつ児童の学力や生活態度から、これは専門家に判断してもらう必要があると思った際、その学校にいる特別学級の先生と共に児童心理の専門家が児童の学校における生活態度を何日にも渡って観察していく。そこからより専門的な判断を振り分け、その児童の保護者と共に「こういう状況であるから、こういう風に学校生活を勧めて行きます」と各児童に合わせて介助の必要性や勉強内容などが決められて勧められていく。
であるから、仮に読む事を著しく苦手としたり、算数を苦手とする場合(そういった障がいを含む)であっても、その児童が出来る範囲の課題が学年にとらわれることなく与えられるという事が素晴らしいなと思う。
もしかしたら今の日本の公立小学校もそんなシステムになっているのかも知れないが、私の子供の頃は無かったので、勉強ができない組の私であっても、ここなら自分なりに頑張れたかも知れないなと感じる時がある。

先日、仲良しのお母さんと立ち話をした際、そこの高校生になる娘さんの進路の話になった。
重度の自閉症を持っているのであるが、地元の公立高校に通っている。
そこの特別学級の先生から「学校で様々な事をしている経過の中から、料理をレシピ通りに正しく作れるという能力が非常に長けているので、料理の専門学校で受け入れ可能な学校を探してみたいと思いますがどうでしょう」という打診があったと聞いた。
もし受け入れてくれるなら、料理の方に進む事が出来るかも知れないとお母さんが話してくれた。

自分が育った頃の教育システムと違う事にためらう事も多いが、最近やっと慣れて来たイギリス生活である。

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Source: イギリス毒舌日記