慢性白血病の義母の抗がん剤服用が2週間目に入ったのであるが、特に手や指、肘と肩の関節の痛みが酷くなり腕が全く上がらなくなってしまった。
湯を沸かしてもケトルを持ち上げる事も出来ず、大好きなコーヒーも作れなくなってしまった。
顔や髪も洗えなくなったため、私が可能な限る通える日は洗髪と顔を洗い、化粧水と保湿クリームを塗ってやる生活が始まった。

私は接客業であるから、日々相当数の客と接触する事になる。
入り口のドアを開けっぱなしにしているとはいえ、そんなものは中に入れば意味はない。
ソーシャルディスタンスという言葉は存在しても、もう事実上それは存在しない。
客は肩や腕が触れ合う距離まで近づいて来るし、職場のトイレや休憩室、様々な場面で同僚らと共有せねばならない事を考えると、自分は家族以外の人と会うべきではないと日々痛感する。

であるから、私は義母の家の中に入るべきではないし、義母も入られる事を拒絶しているものの、かといって外に出るリスクを考えると美容院に行くのは絶対に避けたい義母。
義母は白血病を発病してから腰の痛みでしゃがんだり、膝を付いて座る事や下を向く事も出来ない為、義母の洗髪と洗顔は風呂に義母が入り、そこで座ってもらう姿勢でするしか方法が無く、当然ながら全裸状態であるから、息子には頼めない、そうなると私しかいない。

私はマスクをして可能な限り腕を長く伸ばし、義母のシャンプーをしてやるが、正直これでもしも義母に感染させてしまったら・・と思うと、気持ちは落ち着かない。
ドライヤーで乾かしてやり、時にカーラーを巻いて頭をセットして欲しいと望む時ははそうしてやる。
何処に行くでもないが、それで自分を励ませる気持ちになるのならと思う。

人が外に出始める一方で、自分は外に出られない義母。
関節の痛みで思うように食べ物も口に運べなくなってきた最近、もう自分は抗がん剤を中止しようかとも言い出した。
また、2階建ての家を買うんじゃなかったとも言いはじめた。
私は義母が今の家を買う際、40件以上の内覧を共にしてきた。
全て私が物件をネットで見つけてやってきたが、どれも気に入らず、最終的に義母が気に入って決めたのが今の家であった。
その際、腰の痛みがある義母には平屋建てを勧めた私であるが、義母は「大丈夫」だと言った。
しかしながら、今この環境にある義母は「あの子(私)がここに決めて欲しそうだった」と自分の息子に言い始めた。

一瞬それを聞いた時、内臓全部吐き出せるんちゃうかと思う程、腹の底からため息が出た。
仕事の休みを全て内覧会とネット検索に費やした私。
時給で給与を貰いたいくらい何か月も頑張った。
しかしながら、もう人生の時間が残り少ないかもしれない義母の世話をする事で、私は自分の怒りをコントロールできるようになっている事、それは歳のせいかもしれないけれど、義母という他人と共存して来た事で、その人の現状と背景という理由ゆえの事だとスルー出来るようになっている自分に気が付いたのも事実。
嫁と言う立場を通し、歳を取るという事、決して完治しない病気を発病する事で変化してきた義母の生き方を身近で見て来た事で、私が怒りを引きずらない人間になりつつあると気が付いた時、それはまさに義母を通して学んで来たのだと思う。

勿論、言葉の一つ一つにカチーンと来る事は毎日ある。
昨日もあった。
しかしながら、結局私が義母にこのババア・・と思いながらも行ってやってあげられるのは、難儀な性格ゆえ生きにくい人なんだと同情しながらも、義母により成長した自分が確実にいて、強じんな精神になるよう鍛えられたおかげで、今のイギリス生活が乗り越えられてきたのかも知れないと最近思うのである。

とは言え、明日も車中で「何じゃババア―!!」と叫びながら仕事に向かう私であろう・・
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Source: イギリス毒舌日記